たび猫の道後温泉旅行記
坊ちゃん・坂の上の雲を想う旅

旅行2日目

坂の上の雲ミュージアムで一休み

 展示物を見終わり、出口のある2階まで戻ってくると、大きな窓ガラスで明るく広いロビーのようなスペースに、テーブルと椅子がいくつか置いてあった。自由に休めるスペースらしい。そこでお弁当などを食べている人もちらほらいたので、自由に飲食もしていいようだ。

 端のスペースには、有料のコーヒーと紅茶が置いてある。どちらもホットしかないが、1杯150円でセルフサービス。そこでコーヒーを買い、テーブルで少し休むことにした。

 息子はちょうど眠ってくれたので、ここでもまたしばらく昼寝をさせておくことにした。

 私はここでゆっくり日記を書いたりして過ごす。夫は隅に何台か設置してあるパソコンに向かっている。どうやらそのパソコンでは、『坂の上の雲』関連の写真や、松山の豆知識などが映像で見られるようになっているらしいのだ。夫がけっこう面白かったというので、私もちょっと覗いてみる。なるほど秋山兄弟の写真や『坂の上の雲』や松山に関連した話題などが色々見られた。

 その中でも面白かったのは、日露戦争のロシア兵捕虜の話であった。日露戦争の時、ロシア兵捕虜収容所が日本で初めて松山に作られた。その当時の日本は、国際社会に仲間入りしたいがために、国際法に忠実すぎるほど忠実で、そのため捕虜の待遇もとても良かったものらしい。

 比較的自由な生活を送ることができ、道後温泉入浴などもできたらしいのだ。食事もけっこう良く、当時の日本人の庶民なんかよりもよっぽど良いものを出されていたりしたらしい(庶民としては納得しがたいが)。傷病兵への看護も手厚く、夏などは看護師が傷病兵を団扇であおいでいるところが新聞の記事になって、手厚くしすぎではないかと批判が出るほどだったというのだ。

 笑えたのが、兵士の中でも上官になるとさらに待遇も良く、中にはロシアから家族を呼び寄せた者もいたという。なんだか会社での転勤話みたいである。ここまでくると、果たして捕虜生活と言えるのだろうか。

 このくらい待遇の良い捕虜生活であったので、ロシア兵たちにとって松山というのはよっぽど良いところのイメージとして残ったらしい。その証拠に、今でもロシアの地図には、“松山”という地名が入っているというほどだというのだ。地図一つとっても、歴史が見えてきて面白い。

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