帰りはJALの飛行機だった。飛行機に乗るとすぐ、フライトアテンダントのきれいなお姉さんが、授乳用の枕と毛布はいりませんかと声をかけてくれた。とても嬉しい配慮だ。しかも息子が泣いていたりすると、すぐに来てくれて、もし良かったら後ろにあるスペースをお使いくださいなどと親切に声をかけてくれたりするのだ。
往きにANAに乗ったときは、このような特別な配慮というのは何もなかった。そういえば宮古島に行く時にもJALに乗ったのだが、そのときもフライトアテンダントの人はとても親切だったような気がする。というわけで私の中では、断然JALのほうが評価が高くなった。
といってもそのときのフライトアテンダントさんにもよるのかもしれない。なぜなら私のママ友の一人は、JALよりもANAのほうがいいと言っていたので。人によって違うらしい。
帰りは三人並んだ席のうちの二つだったのだが、幸いなことに隣には誰もこなかったので、子どもがいても気を使わずに帰ってくることができた。でも息子はごねてごねてもう大変。最後は夫がずっと立ってあやしたりして、どうにか羽田までもちこたえたといった感じだった。
でも帰りも天気に恵まれ、富士山もよく見えたし、東京湾の上では東京湾の様子が面白いほどはっきりとよく見えた。
羽田空港に着いて、空港内を歩いていたら、たまたま“空港神社”というものを見つけた。空港内に神社があるなんて初めて知った。
とにかく、こうして今回の旅も無事に終えることができた。2泊3日だったので、やはり高知のほんの一部しか見ることはできなかった。できることなら、足摺岬や室戸岬のほうにも行ってみたかった。
特に、ジョン・万次郎の生涯を書いた『椿と花水木』という本を読んで感銘を受けたことがあるので、ジョン・万次郎のゆかりの地である土佐清水市や足摺岬には行ってみたかった。
ところで、ジョン・万次郎もすごい人だ。歴史の上ではそれほど派手な存在ではないかもしれないが、それでもジョン・万次郎も日本の歴史に影響を及ぼした気がするのだ。だって、もし船で遭難し、アメリカ人に助けられたのがジョン・万次郎ではなく、もっと普通の人だったら、歴史もほんの少し変わっていたのではないかと本を読んで思ったから・・・。
「芸は身を助ける」というが、万次郎は向上心が強く、とても頭のいい人だったので、それが万次郎の身を助け、運命を変えたような気がした。そして日本にとっても、あのような才能ある人がアメリカ船に助けられ、日本とアメリカのために活躍したことは幸いだったように思った。
そういうわけで、坂本龍馬にしろ、ジョン・万次郎にしろ、板垣退助にしろ、そのほかたくさんの著名人を輩出している高知県ってすごいなって思う私であった。
そういえばタクシーの運転手さんによると、高知市から遠いと思っていた足摺岬も、タクシーを使えば高知市から日帰りで行ってこられるということだったので、次回高知に行くときはまたおじさんに頼んで連れて行ってもらおうなどと、いつかするだろう旅行のことを早くも考えたりするのだった。
旅行から帰った夜、家でくつろいでいたら私たちの目の前で、息子が初めての1歩を踏み出したのであった!たった1歩だけだったけど。1歳3ヶ月になってもまだ歩いていなかったので、この1歩に大喜びの私達。でもその後何度やらせてもできなかったが。
結局息子が本格的に歩いたのは、1ヵ月後の1歳4ヶ月あたりだった。なかなかのんびり屋の息子である。
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